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21.2012

『ハンス・ベルメール(Hans Bellmer)』 球体関節人形のポエジー

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ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像
ハンス・ベルメールの球体関節人形

球体関節人形とは、関節部分に球体を嵌めこみ、自由なポージングを可能にした人形の総称です。
関節に球体を使用した人形は古くからありますが、それを「球体関節人形」という名称でジャンル化したのはハンス・ベルメール(Hans Bellmer 1902-1975)を嚆矢とします。
日本に紹介されたのは1965年、澁澤龍彦が雑誌『新婦人』にベルメールの人形を紹介したことが発端です。

理由は後述しますが、ハンス・ベルメールは芸術家であって純粋な人形作家とは呼べないかもしれません。
絵画・版画・写真・グラフィックアートなど、多岐にわたるアートワークの一環として人形制作がありました。
その人形作品も、はたして「人形」と呼べるのかどうか疑問です。
立体作品、オブジェ、と呼ぶ方が正確かと思われます。
いずれにせよ、彼が日本のドール・シーンに与えた影響は甚大で、「球体関節人形」というジャンルを語る際に避けて通ることは出来ません。
今回は、その最大の特徴である「球体の関節」が、人形の身体表象にどのような影響を及ぼすのか考えてみましょう。

ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像9 ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像4
ハンス・ベルメールの球体関節人形

ハンス・ベルメールは「球体関節」を従来のように関節の代替として使用するのではなく、ある装置として非常に特殊な使い方をしました。
もともと眼球を除いて人体に球体は存在しません。
つまり球体関節は、虚構の「異物」なのです。
ベルメールは、少女の肉体を分節可能な物体(オブジェ)にするための装置として、人形の節々に球体という異物を、なかば暴力的に捩じ込みました。
こうして人体という文脈を組み替える詩的操作、いわゆる「アナグラム(綴り換え)」を実行したのです。
アナグラムとは、文章の文字・単語を組み替えることによって、まったく異なる文章を作りだす手法を指します。
我が国において一番有名なアナグラムと言えば「いろは歌」があります。(空海作とも柿本人麻呂作とも言われていますが、作った人物はまぎれもなく天才です)
『イマージュの解剖学』に記されたベルメール本人の言葉を見てみましょう。

「正確明瞭な展望を得るにはつぎのように言えばよかろう。肉体は一つの文章(フレーズ)に、すなわちそれが現に包摂している一連の無限の綴り換え(アナグラム)を横切って再構成されんがために、まず文字の一つ一つまで解体するようにと諸君を誘う一つの文章に比較しうるのである」

ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像1
ハンス・ベルメールの球体関節人形

少女の身体をアナグラム化することによって、ベルメールは何を成そうとしたのでしょうか。
答えは「凌辱」です。
ベルメールの作品は、完全なるエロティック・アートです。
彼を人形作家ではなく、芸術家であるとする一番の理由がここにあります。
目的が人形作りではなく、それを理知的に凌辱すること、つまり「行為(デモンストレーション)」にあるからです。
虚(球体関節)によって実(人形の肉体)を再構成する。
少女の肉体を弄び、蹂躙した痕跡こそ、彼の作品なのです。
彼の作品が「犯罪的」と称されるのは、このためです。
再度ベルメールの言葉を載せます。

「意識的な眼差は少女の魅力を略奪者のように捕え、指は五感と脳髄があらかじめ蒸留しておいたものを、攻撃的に、可塑性に応じて、関節から間接へと形成させる。だとしたら人形を作ることこそは、そのつぶらな眼で傍見をしている少女たちにたいする決定的な勝利を意味するものではなかったか?」

「現実のものと虚なるものとをひとつの高次の統一体へと凝縮する動的要素の介入によってみずからの虚像(イマージュ)と対置させられる、一つの不完全な現実性の現存、それがこの実演(デモンストレーション)の意味なのだ」

hans-bellmer ハンスベルメール 球体関節人形 ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像6
ハンス・ベルメールの球体関節人形

人体の現実性は、球体関節という異物(虚構性)に侵食され、夢と現の間(あわい)に投げ出されます。
こうしてハンス・ベルメールの人形は、象徴主義的な意味での、つまり日常言語(実)によって詩的宇宙(虚)を創りだす「詩文」と同じように、蠱惑的な詩魂(ポエジー)を獲得するのです。
このような現実性と夢との接合部分において、無意識の欲望を顕在化させることは、当時台頭していたアンドレ・ブルトンを筆頭とするシュルレアリストグループとの交流も強く影響していると言えるでしょう。
球体関節によって不断に凌辱される少女の人形は、一篇の詩なのです。
ここには、ある種のペドフィリア・ネクロフィリアが色濃く投影され、それらが非常に高い独自の美意識と結びつくことによって、デカダンかつゴシック風の作品世界を現出します。
無垢・処女性を破壊することによって、ベルメールの作品は「聖性」を獲得しているのです。
その意味でバタイユのエロティシズムとも密接な関係があると言えるでしょう。

ハンス・ベルメール - Hans Bellmer 球体関節人形 画像3
ハンス・ベルメールの球体関節人形

今回、ハンス・ベルメールの人形について簡単に触れてみましたが、次回はこの人形がどのように日本で受容され、奇妙に歪んだ形で発展してきたのか辿ります。
その過程で、日本の「球体関節人形」の特殊性・オリジナリティを発見できるかもしれません。
お楽しみに。



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